私たちは、日本のこれまでの合唱の枠にとらわれず、多様な音楽を愉しんでいます。

東欧のブルガリア、ジョージアの民族合唱、コルシカ、サルディーニャなど南欧の伝統的聖歌、ルネサンス初期のミサ曲、アメリカのゴスペル、そして日本も含めたスタンダードナンバーなど、レパートリーの一部をどうぞお楽しみください。

 

<ジョージア民謡>

ジョージアは黒海の東側、ヨーロッパとアジアの接点に当たります。地域ごとに形式の異なる多様なポリフォニーコーラスが発達しており、全体が一括で、第一回の無形文化遺産に日本の能楽などと並んで選ばれました。

   

Sadghegrdzelo「乾杯」

サヅェグルヅェロは乾杯の発声の言葉。特にテクニカルなポリフォニーが発達した西部グリア地方の歌。5度の積み重ねで始まり、最後は2度の積み重ね(ドレミ)からユニゾンで終わる。 


Ocheshkhvei「収穫の歌」

「両手には豊かな収穫、蔵はワインでいっぱい、そして敵のいない嬉しさよ」トルコやロシアと戦い続けた歴史もしのばれる西部サメグレロ地方の歌。歌にあわせて、輪舞が加速していく。


Chela「牛追いの歌」

「チェラよ、ブスカよ(ともに牛の名)辛いだろう。でも俺はもっと辛いんだよ。お前たちは明日の食事の心配はしないだろう、でも俺はそうはいかないんだ」 

ジョージア西部サメグレロ地方の哀感漂う民謡。 


Mravaljamieri「永き歳を」

ムラワルジャミエリは、英語でmany years。 

宴席の歌の定番で、宴の始めに会席者の長寿と幸福を願う。 


Aralo「私を燃やす女よ」

私を燃やす女よ、お前は、私に火をつけた。 

この火をどうやって消すのか教えておくれ。 

寝ている間に、お前にキスをしたのはいったい誰なんだ。 


Perad shindi「チェリーの唇」

チェリー色の唇は誰?黒い瞳、このように見える。 

私のところに飛んできて私のくらい瞳の光となっておくれ。 

君の愛に恥ずかしくないさ永遠の命の源泉としての君を欲する。 


Patskha「メグレルの小屋で」

俺はメグレリア風の小屋を持っているんだ。 

小枝でできてるんだ。 

そこで、綺麗なメグレリアの女に会えるさ。 

ワインセラーにあるワインでも飲もうじないか。 


<クロアチア民謡>

クロアチアはバルカン半島の西側の国。アドリア海沿いのダルマチア地方ではKlapa(クラパ)と呼ばれる伝統的な四部形式の合唱が盛んで、ユネスコの無形文化遺産にも登録されています。今では民謡だけでなくポピュラーソングまで、何でも四部合唱にしてしまうそうです。 

 

U poju se mala「悲しい花嫁さん」

畑には、ミカンの木が揺れている。 

でも、風のせいじゃない、ましてや輝く太陽のせいでもない。 

でもね、乙女は、大きな悲しみの中にある。 

なぜなら、母親が、娘を、男やもめにくれようとしている。 


Cetina「ツェティナ川よ」

ディナルアルプスから流れるチェティナ川。 

対岸の恋人に思いを唄にして、川に託す切ない女心の歌。 


<東欧・南欧の聖歌>

   西欧でクラシックが確立してから現代のポップスに至るまで、西洋音楽の主流は、明確な主旋律に和声的な伴奏がつく「ホモフォニー」と呼ばれる形式です。しかし世界にはこれとは異なり、互いに対等な複数の旋律を重ね合わせる「ポリフォニー(多声音楽)」と呼ばれる形式の音楽も数多くあります。その代表的なものが、各地のキリスト教の聖歌です。

 

Gospodi pomilui「主よ憐れみたまえ」(ブルガリア)

Gospodi pomiluiは教会スラブ語で、ギリシャ語のKyrie Eleisonと同じ意味。旋律にドローンバスを加える音構造は中世カトリック聖歌の斜行オルガヌムと同様。イスラム的な音階も特徴。 


Agnus dei「神の子羊」(コルシカ)

コルシカの伝統音楽復興グループ「A Filetta」のレパートリーで、北部の山間部に伝わる聖歌。おなじみのラテン語の歌詞だが、メリスマティックな旋律や民謡的発声など、東方的要素が濃い。 


Deus Ti salvet Maria「恵みあふれる聖マリア」

(サルディーニャ)

ラテン語のAve Mariaはサルデーニャ語ではDeus Ti salvet Mariaとなる。アベマリア同様広く親しまれる曲 純正調の明るく強い響きと、クラシックにはない独特の和声進行が特徴。 


Shen khar venakhi「汝は葡萄畑なり」(ジョージア)

汝は、ブドウ畑なり、新しく開花した。 

若くて美しい、エデンの園で育った。 

楽園では香りのよいポプラの若木が。 

汝は、光り輝く太陽だ。 


<讃美歌>

宗教改革以来、プロテスタント教会では会衆が自国語で歌う賛美歌を重視してきました。その後19世紀イギリスで、歌詞の文学的内容を重視した創作賛美歌の運動が盛んになり、それを受け継いだアメリカでは、第二次大戦後、ポピュラー音楽の要素を取り入れ、現代人の感性に合った多様な賛美歌が作られるようになりました。Hymn explosion(賛美歌爆発)とも呼ばれ、今も続いています。

 

Faithful love「神の誠の愛」

「誠の愛は茨の冠から流れ下り、私の魂を救う」。作詞作曲のケン・ヤングはテキサス州を中心としたHallal Musicという運動の指導者。「音楽と礼拝で神の存在を体験する」というもの。 


Just as I am「ありのままの私で」

「ありのままの私でも、主はそばに招いてくださる」。 

イギリスで創作賛美歌の運動が盛んになった時期に書かれた曲。今も広く歌われている。 


<ルネサンス期のポリフォニー>

Missa Se la face ay pale:Kyrie「ミサ曲私の顔が青ざめているのは」より「主よ憐れみたまえ」

ルネサンスのポリフォニーを確立した作曲家ギョーム・デュファイの15世紀の作品。「私の顔が青ざめているのは」は当時の世俗的なラブソング。その曲を定旋律にし、自由奔放な対旋律が加わる。 


<Popular songs>

Moon river

-『ティファニーで朝食を』より-


Over the rainbow

-『オズの魔法使』より-


When you wish upon a star

-『ピノキオ』より- 


上を向いて歩こう


見上げてごらん夜の星を


<Bulgarian polyphony>

これらのほか、数多くのアカペラ曲に取り組んでいます。